株式会社AOKIホールディングス オフィス

株式会社AOKIホールディングスの企業ロゴ

学生が選んだ理由編集部レポート

「流通革命」を起こした紳士服業界のリーディングカンパニー
『ビジネスマンが日替わりでスーツを着られる世の中にしたい』その想いが原点となり、設立されたAOKIホールディングス。日本の流通業界に革命を起こし、創業から半世紀を経た現在ではより多くのシーン(ブライダル、エンターテイメント)、新分野へ事業を拡大し、実を結ぶ結果を生んでいる。今後も世の中にイノベーションを与え続けるべく挑戦を続けるAOKIホールディングスの目指していく次のステージとは。

株式会社AOKIホールディングス

所在地

〒107-0061東京都港区北青山3-5-25

設立

1976年8月21日

資本金

232億8200万円

事業内容

グループ会社の経営管理、並びにそれに付帯する業務

企業URL

http://www.aoki-hd.co.jp/

採用情報

http://www.aoki-hd.co.jp/saiyou/

代表者

青木 擴憲   KENJA GLOBALへ

INTERVIEW

株式会社AOKIホールディングス

代表取締役会長 青木擴憲

痛みを克服した時に見える自分にしかできないことがある。

商売の厳しさを痛感した幼少時代
父は米穀商を営んでいたのですが、戦争で商売が難しくなり、終戦のころには商売ができなくなりました。お金を借りて質屋をスタートさせたのは私が小学校3・4年生のころだったと思います。しかしながら、ちょうど中学校に入学したころにその質屋が倒産してしまいました。住んでいた家が競売にかけられ、自分の持ち物に必死で名前を書いていたのを覚えています。お金がないというのは非常に厳しいことだということをこの時に経験しました。父は本当に情け深い人で、石が詰められているカメラでさえも、受け取ってしまうのです。結果、倒産をしてしまったわけですから、優しさや思いやりだけではビジネスはできないとこの時に痛感しましたね。父が身を以て私に教えてくれたことです。
AOKIの原点は、生活のために始めた「行商」
質流れになった商品で行商をして売り歩き始めたのが、AOKIのもともとの原点だと思います。質流れになる商品は宝石や時計・洋服などが多かったのですが、その中でも私は紳士服に特化して行商をしていました。質流れ品を扱うような市場の中で、背広3着スラックス3本を売っては仕入れ、売っては仕入れ・・・と、自転車操業を行っていたんですね。その後に店を構えたいということで、篠ノ井の駅前に一号店、さらに2店舗を出すことになりました。それでも肝心の売上はなかなか伸びず、売れ残った在庫を外商で売り歩くこともしばしばでした。その状況を脱却するために、県庁所在地である長野市の駅前に店を出しました。借金をしながらの決心でしたが、結果この店が大きく成功を収め、3000万円だった売上が2億5000万円に大きく膨らんだのです。これが生活のために始めた行商の最終的な形でした。
目指したものは「流通革命」
私たちが目指していたものはスーツの「流通革命」でした。当時は初任給1か月分の金額で、スーツが1着購入できるというのが常識でしたから。同じお金でスーツを5着変えるようにすることを目標にしていたんですね。そのためには、問屋から仕入れるのではなく自分たちで作って売るということが必要でした。作って売るためには、店舗も多くなくてはいけないということで店舗数の拡大を図りました。100店舗を目指し、まず目指したのは20店舗。そのためにスーツを量産したのですが、実際に拡大できたのは7店舗でした。2万着の在庫を抱え、会社は倒産の危機に陥りました。1軒ずつ在庫を製造したメーカーに謝りに行き、在庫を1年間引き取っていただきました。それでも、1年後にはその引き取っていただいた在庫2万着を売り切るほど成長することができました。この時の出来事は忘れることはできません。
これからの世の中に、今私ができること
弊社は「社会性の追求」「公益性の追求」「公共性の追求」を理念として掲げています。企業として引き続きこの理念を追求した上で、私個人としては「公共性の追求」をさらに拡大させていこうと奮闘しているところです。生きている喜びを分かち合い、輝いて未来に生きられるような方をサポートできるよう、後継者の育成に全力を尽くしていきたいと思っています。前述のような苦しい状況を乗り越えられた要因というのは、思いの強さがあったからだと思います。「スーツの流通革命を起こしたい」そう強く思っていたからこそ成し遂げられました。強い意志を持って苦しみに立ち向かい、痛みを克服した先にある自分にしかできない力を身につけてほしいですね。